日本通信百科事典
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劉タン(りゅうたん)とは、の宗族で、約2名ほど存在する。

  1. 劉琰 : 字は威碩。蜀漢()の官僚。魯郡[1]の人。魯共王の劉余劉餘)の後裔で、劉某の父(仔細は劉琰を参照のこと)。
  2. 劉惔 : 別称は「劉恢」、字は真長。(東晋)の官僚。沛郡相県[2]の人。後漢の沛献王の劉輔[3]の後裔で[4]の太子僕の劉邠(劉炎)の曾孫、太常の劉宏の孫、晋陵内史・晋陵郡太守の劉耽の子、の揚州刺史の劉馥の従玄孫にあたるという。若くして丹陽尹などの要職を歴任したが37歳で逝去し、嗣子はなかったという。

脚注[]

  1. 現在の山東省曲阜市周辺
  2. 現在の安徽省淮北市濉渓県
  3. 世祖光武帝劉秀)の次男(あるいは三男)、はじめは中山王、郭太子=東海恭王の劉彊(劉強)の同母弟、済南安王の劉康・阜陵質王の劉延・中山簡王の劉焉の同母兄。顕宗明帝(劉荘/劉陽)の異母兄。
  4. 『処士石定墓志』

関連項目[]

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