日本通信百科事典
Advertisement

劉長(りゅうちょう)とは、の皇族・宗室かつ宗族で、約4名ほど存在する。

  1. 劉長 (淮南王)高祖劉邦の第7子、斉悼恵王の劉肥恵帝(劉盈)・趙隠王の劉如意太宗文帝(劉恒)・趙共王の劉恢・趙幽王の劉友の弟、燕霊王の劉建の兄、淮南煬王の劉安・済北貞王の劉勃・衡山厲王の劉賜・東城侯の劉良の父。亡き生母の趙氏[1]の仇である審食其を撃殺し、従者の魏敬に斬首を命じた。後に棘浦剛侯の柴武の嗣子である柴奇と謀反を企んだ件で拘束され、雍県で絶食して死んだ。享年27。「厲王」と諡された。
  2. 劉長 (中山王家) : 中山靖王の劉勝の孫、哀王の劉昌の子、康王の劉昆侈の弟。前86年に、族父の劉沢(斉孝王の劉将閭(劉将盧)の孫、高楽康侯・劉某の子)とともに従父の燕剌王の劉旦世宗武帝(劉徹)の第3子)の乱に参戦したため、族父の缾侯の劉成[2]が青州刺史の雋不疑に告訴したことによって逮捕されて、処刑された。
  3. 劉長 (中山王) : 中宗宣帝(劉詢/劉病已)の孫、中山哀王の劉竟の子。父の後を継ぐが、嗣子がなく国は廃された。
  4. 劉長 (済陰王) : 顕宗明帝(劉荘/劉陽)の子、千乗哀王の劉建・陳敬王の劉羨・彭城靖王の劉恭・楽成靖王の劉党・粛宗章帝(劉煊/劉烜/劉炟)・下邳恵王の劉衍・梁節王の劉暢・淮陽頃王の劉昞の弟。済陰王に封じられるが、嗣子がなく断絶した。「悼王」と諡された。

脚注[]

  1. 趙兼の姉、酷吏として著名な周陽侯の趙由の伯母にあたる。
  2. 葘川靖王の劉建の子。

関連項目[]

Advertisement