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孫奮(そんふん)とは、『三国志』に登場するの皇族および非皇族の人物。約2名ほど存在する。

  1. 孫奮 (漢)前漢初期の代郡郡守。馮梁・王黄・太僕の解福とともに韓王信の謀反に加担して、樊噲によって、捕虜にされた。
  2. 孫奮 (孫呉) : 字は子揚(子楊)。太祖大帝孫権の子、宣太子の孫登孫慮(建昌侯)・孫和(廃太子/南陽王/文帝)・孫覇(魯王)の弟、孫休(景帝)・孫亮(廃帝/会稽王)の兄。斉王に封じられた。実力者の諸葛恪(諸葛亮の従子)に警戒されて、落ち度かあったために、章安侯に降格された。甥である後主の孫皓(孫和の子)に警戒されて、「謀反の疑い」ありとの勅命を受けて、従子の上虞侯・孫奉(孫策の孫)とともに、死を賜って毒を仰いで服毒自決を遂げた[1]。彼の5人の子も処刑されて、晒し首となった。

脚注[]

  1. 『江表伝』

関連項目[]