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宇文(うぶん)とは、中国北部にいたトルコ系の氏族。

  1. 宇文部鮮卑化した匈奴俟汾部(鮮卑語で「草」を意味する)の氏族[1]北周太祖文帝の宇文泰が鮮卑拓跋部の元氏の東魏から、簒奪して建国した。後に外戚のモンゴル系柔然普六茹部(普六如部)[2]出身の高祖文帝の楊堅に簒奪されて、北周の皇室の宇文部は皆殺しにされた[3]
  2. 宇文氏 : 鮮卑化した高車俟豆帰種の當僕(当僕)部に属する破野頭氏族の系統で、上記の北周の宇文部とは別系統である。司州河南郡洛陽県(現在の河南省洛陽市)を本籍とする宇文氏(北魏に仕えた宇文活撥・宇文福・宇文善・宇文善・宇文慶安・宇文虬・宇文珍・宇文弼・宇文倹・宇文瑗ら)と代州朔方郡武川鎮(現在の内蒙古自治区呼和浩特市武川県)を本貫とする宇文氏(沃野鎮軍主の宇文顕和・宇文盛・宇文述・宇文化及・宇文智及・宇文恵及・宇文士及・宇文承基・宇文承趾・宇文禅師・宇文崇嗣・宇文微測・宇文鼎・宇文楊・宇文綜ら)と夏州朔方郡(現在の陝西省楡林市靖辺県)~昌黎郡大棘県(現在の遼寧省朝陽市大棘県)を本貫とする宇文氏(宇文莫豆干・宇文貴・宇文善・宇文忻・宇文愷ら)などに分かれていた。

脚注[]

  1. 庫莫奚および奚も宇文部の系統という(『北魏書』第八十八列伝・『北史』第八十二列伝)。ただし、烏桓(烏丸)の後身の説もある(『新唐書』第一百四十四 北狄列伝)。
  2. 『北魏書』では普陋茹部、または雁門茹部。
  3. 例外的に、虞国公の宇文興(宇文韜(宇文泰の祖父)の異母兄の宇文阿頭の孫、宇文仲の子)・宇文洛(字は永洛)父子の系統である介国公の宇文裕(宇文洛の子)・宇文延(宇文裕の子)・宇文離惑と宇文遠惑兄弟(宇文延の子)・宇文庭立(宇文離惑の子)である宇文氏一門のみは許され、その末裔は代まで存続していた。

関連項目[]

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