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(せい)とは、古代中国の都市国家および王朝。

  1. 成 (春秋)(紀元前11世紀~紀元前686年) : 姫姓。武王(仲発)の同母弟の郕叔武を祖とする藩屏国。紀元前686年に同族の魯の荘公と斉の襄公の軍に攻められ、斉に降伏して消滅した。
  2. 成 (後漢初)(25年~36年) : を拠点とした公孫述(前漢の侍御史・公孫仁の子)の政権。後漢世祖光武帝劉秀)が討伐を命じた大司馬の呉漢[1]・臧宮によって、攻撃された。まもなく公孫述は病死したが、後を継いだ子の公孫某らは陥落された際に一族とともに皆殺しの刑に処された。
  3. 成 (後漢末)(197年~199年) : 後漢末の左将軍・仮節・陽翟侯であった袁術袁冀の同母弟、袁紹の異母弟)が、197年春正月に臣下の張烱[2]の上奏を採用して、九江郡(淮南郡)寿春県にて「仲家皇帝」と自称して建国した政権[3]。民衆の支持を得ない不安定な政権だったために、199年夏6月に曹操が派遣した劉備と朱霊・路招によって滅ぼされた。
  4. 成蜀(304年~347年) : 「前蜀」「氐蜀」とも呼ばれる。チベット系の氐族の酋長である始祖景帝の李特(李虎の孫、李慕の子)が、巴蜀地方に建国した国。347年に東晋の部将の劉裕[4]によって滅ぼされた。

脚注[]

  1. 後漢末の呉夙(呉懿(呉壱)・孝穆(繆)皇后呉氏の父、呉喬の曾祖父)・呉匡(呉班の父)兄弟はその後裔にあたる。
  2. 司隷河内郡(現在の河南省焦作市)の人。
  3. の王先謙の『後漢書集解』より。
  4. 劉姓を与えられた西楚覇王の項羽、またはその従弟の項明劉明)の後裔とされ、後の宋漢=劉宋高祖武帝

関連項目[]

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