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源 義実(みなもと の よしざね)とは、陽成源氏大和源氏河内源氏)と宇多源氏近江源氏)流の人物で、約数名ほど存在する。

  1. 宇野義実宇野氏一門で、義基の子、義清の父、忠義の祖父、義景の曾祖父。
  2. 源義実 (延朗) : 幼名は徳寿丸。源義親の孫、義信の子、義政義資の兄。15歳で出家して延朗と名乗り、晩年は松尾上人と号した。
  3. 源義実 (源為朝の子)源為朝(鎮西八郎)の子、実信・為頼(頼基/閉伊冠者)・為家(豊後冠者)の兄。
  4. 源義実 (源維義の子)源義平の孫、維義の子、季義の弟、実信の父。大叔父の鎌倉頼朝と対決した父とともに、大敗して逃れたという。頼朝が亡くなると、長期間潜伏するも、維義父子を詮索した北条義時によって捕らわれて、1220年前後に父と弟と子とともに処刑されたという。
  5. 足利義実足利氏下野源氏)一門の武将。約2名ほど存在する。
  6. 佐竹義実佐竹氏常陸源氏)一門の武将。約2名ほど存在する。
  7. 新田義実新田氏上野源氏)一門の武将。約2名ほど存在する。
  8. 六角義実 : 別名は義久/高頼/隆頼、法名は宗能入道。佐々木氏近江源氏)一門の六角氏の当主の六角氏綱の子、仁木義政の兄、義秀朝倉義景(延景)[1]武田昭頼(義頼)の父。

脚注[]

  1. 生母は朝倉孝景若狭武田氏の当主の武田元信の娘との間の娘である高徳院(広徳院)(沙々貴神社が伝わる系図と佐々木哲が引用する富山県立図書館所蔵『朝倉家録』所収の『朝倉家之系図』による)。

関連項目[]

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