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王懋(おうぼう)とは、中国の人物。約2名ほど存在する。

  1. 王懋 (太原王氏) : 太原王氏出身。太原郡祁県[1]の人。司空の王卓の孫、王述[2]の子、王隗(王宏)・王允の弟、王宏の父、王牢(王宰)の高祖父、王秀・王蕤兄弟の5世の祖、王苗(王玄謨の族兄弟)・王玄謨(王秀の子)の6世の祖、王叡・王懿[3]兄弟(王苗の子)と王深・王曇善・王寛・王瞻兄弟(王玄謨の子)の7世の祖。後漢末の侍中・幽州刺史を歴任した[4]
  2. 王懋 (楽浪王氏) : 字は小興。扶余[5]拓王部の系統である楽浪王氏出身。楽浪郡の人。北魏の伏波将軍の王羆の孫、王盟の子、王勵[6]の弟、王悦の父。西魏に仕えて、安平県子に封じられ、揚烈将軍に任命された。城門校尉・撫軍将軍兼太子左率・尚食典御・領左右・武衛将軍を歴任し、安平県公に昇格した。さらに右衛将軍に任命された。545年に父が逝去すると、喪に服するために辞職を願い出たが、勅命より許可されなかった。まもなく、大都督・散騎常侍・使持節・車騎大将軍・儀同三司・驃騎大将軍・開府儀同三司・侍中・左衛将軍・領軍将軍を歴任した。553年に南岐州刺史に任命され、安寧郡公に昇格した。555年に大将軍・大都督に累進した。後に小司寇に任命されたが、在職のままで逝去した。

脚注[]

  1. 現在の山西省晋中市太谷県
  2. 『春秋義疏』の著者。
  3. 字は仲徳。王正修・王正循の父。
  4. 『後漢書』郭泰伝注が引く謝承著『後漢書』と『後漢書』王允伝による。
  5. 東胡の後身で、トルコ系ツングース系の混合民族。
  6. 王弼の父。