王覇(おうは)とは、中国の人物および、年号。
- 王覇 (儒仲) : 字は儒仲。太原郡広武県[1]の人。太原王氏の一門で、新の王莽が漢を簒奪すると、郷里に隠棲して、逸民なった。数年後に漢の宗族の劉秀(後漢の世祖光武帝)が挙兵すると、馳せ参じて郡の功曹となった。最終的には尚書に至った。
- 王覇 (元伯) : 字は元伯。穎川郡穎陽県[2]の人。王符の父、王度の祖父、王歆の曾祖父。後漢の「雲台二十八将」のひとりである。若いころに長安に留学して、はじめは漢の宗族の更始帝(劉玄)に仕えた。後に父に願い出て、更始帝の族弟である上記の劉秀の副将となり、功曹令史として王郎(王昌)討伐に従軍して、度重なる激戦の末に、王朗を討ち取った。その戦功で王郷侯に封ぜられた。その後も戦功を挙げて、偏将軍・討虜将軍・上谷郡太守を歴任した。さらに富波侯・向侯・淮陵侯と昇格した。彼が亡くなると、子の王度は軑侯に転封された。
- 王覇 (年号)(878年2月 - 880年11月) : 唐末の反乱指導者の黄巣が建国した斉の年間である。