夭折した著名人一覧(ようせつしたちょめいじんいちらん)は、若くして死亡した著名人の一覧である。

目次

概要[編集 | ソースを編集]

夭折については、夭逝(ようせい)、夭死(ようし)、早世(そうせい)、若死に(わかじに)などの同様のことを表す表現がある。

主に成人前に死亡、もしくは成人の場合は、子を為さずに死亡する場合などを指す。ただし、単語毎に対して具体的な年齢上の規定が設けられている訳ではない。伝統芸能である落語歌舞伎の様に、その才能に対する社会的認知とはまた別に技能が円熟するまでに膨大な時間を掛けた研鑽と舞台上での実践経験の積み重ねを要するとされる分野では、還暦前後の死であっても夭折として扱われることがある。

夭折が起きる主な要因としては、病気不慮の事故自殺などいったケースがある。時代との巡り会わせが悪ければ伝染病戦争による戦死戦災死もある。また、医療技術が進歩していなかった近代以前には夭折の事例も多くなってしまう傾向にある。20世紀後半以降は薬物依存症によるオーバードースなども少なからず見られる。他方で幼少時から不治の難病に冒され長生きできないことが確実な人物が、苦しい闘病を送る中で遺したわずかな作品・論文などが評論家などにより死後に発掘され、再評価の対象となることも見られる。この様な形で天才と謳われた人物が若くして死んでしまうケースや、夭逝した人物について展覧会などのイベントに際して宣伝を担うマスコミが「夭逝の天才」と印象付ける広報宣伝を行うケースも見られ、この事から「天才は夭折する」と語られることもある。

また、音楽で言うならベートーベン、野球ならベーブ・ルースのような、無事にキャリアを積み重ねてそのジャンルの歴史に名を残す伝説的な巨人に比肩する業績を挙げる事を期待されつつも、中途において不慮の死を遂げてしまった人物に使われることがある。

なお、極限の高速度を追求することが求められることも多いモータースポーツの場合、競技の性格から事故が競技者の死亡に直結するリスクが他のスポーツに比べて遙かに高く、現在の様なドライバーの安全の為の技術・装備・救助体制が進展する前の時代には死亡事故が度々発生しており、凄惨な即死事故の事例も19世紀末からのモータースポーツ史の中で枚挙に暇が無い。そして、歴代の死亡者の中には大量の夭折者が含まれていることは言うまでもない。大半の競技で近年では安全対策の強化や装備類の安全性能向上、過剰な高速度の抑制を目的とした競技規則の改正などにより、競技者の死亡を伴う破滅的な事故は減少の傾向にはあるものの、幾ら安全面で改善されたとはいえ現在も死亡事故の根絶には至っておらず、死亡事故発生のリスクは依然としてつきまとっている。

著名人一覧[編集 | ソースを編集]

以下では夭折した著名人を挙げる(原則として姓(なければ項目名)の五十音順(海外・国内))。ただし、以下での「夭折」は30歳以下での死去を一応の基準とした。※印は自殺・自害により夭折した人物、(※)印は死因は自殺・自害とされるも死因に疑義のある夭折した人物。→自殺した有名人の一覧および自殺・自決・自害した日本の著名人物一覧も参照。

学者[編集 | ソースを編集]

名前
職業
国籍
生年月日
没年月日
年齢
死因、備考
ニールス・アーベル 数学者 ノルウェー 1802年8月5日 1829年4月6日 26歳 肺結核により病死。
エヴァリスト・ガロア 数学者 フランス 1811年10月25日 1832年5月31日 20歳 決闘の際の負傷が元で死去。
ジョン・グッドリック 天文学者 イギリス 1764年9月17日 1786年4月20日 22歳 肺炎により病死。
ヘンリー・モーズリー 物理学者 イギリス 1887年11月23日 1915年8月7日 27歳 第一次世界大戦に従軍し戦死。
滝沢守 物理学者 日本 1965年6月19日 1992年10月3日 27歳 ユーイング肉腫により病死。
箕作省吾 地理学者 日本 1821年 1847年1月29日 26歳 結核により病死。

文学者[編集 | ソースを編集]

芸術家[編集 | ソースを編集]

写真家[編集 | ソースを編集]

音楽家[編集 | ソースを編集]

技術者[編集 | ソースを編集]

パイロット[編集 | ソースを編集]

登山家[編集 | ソースを編集]

日本の芸能人[編集 | ソースを編集]

俳優・女優[編集 | ソースを編集]

歌手・ミュージシャン[編集 | ソースを編集]

  • 阿部薫 フリー・ジャズアルト・サックス奏者。1978年に睡眠薬オーバードースにより死去。29歳。
  • imoutoid 作曲家、トラックメーカー。主にアニソンゲーム楽曲のテクノリミックスを得意としていた。2009年にボーカロイドの楽曲提供でメジャーデビューを果たしたが、皮肉にもこれが遺作となり、同年4月末に急性心不全により逝去。18歳。
  • 岡田有希子 アイドル歌手。「ポスト松田聖子」と評されたが、1986年に所属事務所の入居しているビルから飛び降り自殺。18歳。その後、日本各地で後追い自殺が相次ぎ、国会でも社会問題として取り上げられた。
  • 尾崎豊 ミュージシャン。学校や社会の不条理に立ち向かう少年の心の叫びのような歌が若者の共感を呼び、10代を中心にカリスマ的人気を得たが、1992年に肺水腫により死去。26歳。
  • 華月 ミュージシャン。Raphaelギタリスト。2000年、自室にて死去。19歳。当時、死因を「薬物摂取」と報道されたことから、ドラッグによるものと誤解されたが、常用していた鎮静剤の多量摂取による副作用が原因。
  • Kami ミュージシャン。MALICE MIZERドラマー。1999年にくも膜下出血のため自宅にて死去。遺族の意向により享年は未公表(20代後半とされる)。
  • 杏真理子 歌手。1973年、音楽の勉強のために渡米したが、翌年元恋人に殺害される。25歳。
  • SACHIKO 歌手。DOUBLEで妹のTAKAKOと共に活動。1999年にくも膜下出血により死去。25歳。
  • 志村正彦 ミュージシャン。フジファブリックのボーカリスト、ギタリスト。2009年12月24日に死去。死因については病名不詳としている。29歳。
  • TOKONA-X 日本のラッパー。M.O.S.A.D.ILLMARIACHIのメンバー。2004年11月22日に死去。26歳。死因については諸説あるが、公式発表では夏からかかっていた熱中症に伴う体力低下による心肺停止とされている。
  • TOTTSUAN ミュージシャン。S.O.Bのボーカリストであり、リーダー。1995年6月22日に電車への飛び込み自殺により死去。29歳。
  • 不可思議/wonderboy 日本のラッパー。ポエトリーリーディングを手法としたラップ・スタイルで注目を集め、2011年には谷川俊太郎の代表作である「生きる」を自らラップでカバーしたことが話題になった。2011年6月23日、不慮の事故により死去。24歳。
  • 堀口綾子 アイドル歌手。アイドルグループ「みるく」として活躍。1995年に自宅で首吊り自殺。22歳。
  • 宮城宗典 ミュージシャン。ヒルビリー・バップスのボーカリスト。1988年に飛び降り自殺。23歳。
  • 毛利公子 歌手。結婚ソング「ウエディング・ベル」で著名な女性3人組のコーラスグループSugarの一員。1990年、出産直前の胎児死亡による老廃物逆流によって起こった大腸変位により死去。29歳。
  • 柳原尋美 アイドル歌手。カントリー娘。のメンバー。1999年、撮影現場に向かう途中、運転していた車が横転し事故死。19歳。
  • 椎名もた 作曲家ボーカロイドを用いて数々のオリジナル曲を制作していた。2015年7月23日に遺作をリリースした直後に死去。20歳。

タレント・モデル[編集 | ソースを編集]

お笑い芸人[編集 | ソースを編集]

AV女優[編集 | ソースを編集]

  • 麻生美由樹 着エロ系のグラビアアイドルを経て、AV女優に転身。2008年、自宅にて硫化水素を用いて自殺。20歳。
  • 倉沢七海 2004年に都内の自宅マンションで飛び降り自殺で死去。28歳。
  • 里中まりあ 1999年に大阪市のホテルの客室で射殺体となって発見される。21歳。
  • 牧野田彩L☆IS」のメンバーとして歌手デビューし、タレント、レースクイーンを経て2009年「AYA」名義でAV女優に転身。2010年、都内の自宅マンションから飛び降り自殺。30歳。
  • 美咲沙耶 あどけない顔つきと、それに似合わぬ垂れた軟乳が魅力。2007年に自殺。21歳。
  • 桃井望 ロリータ系のAV女優としては希有の高い人気を得て、200本以上のAVに出演したが、2002年に乗用車内で焼死体として発見される(直接の死因は刺殺)。24歳。

声優[編集 | ソースを編集]

日本のスポーツ選手[編集 | ソースを編集]

レーサー[編集 | ソースを編集]

公営レース選手[編集 | ソースを編集]

格闘家[編集 | ソースを編集]

尚、格闘技の試合が原因で死亡することをリング禍という。

野球選手[編集 | ソースを編集]

大相撲力士[編集 | ソースを編集]

陸上競技選手[編集 | ソースを編集]

サッカー選手[編集 | ソースを編集]

バレーボール選手[編集 | ソースを編集]

バスケットボール選手[編集 | ソースを編集]

テニス選手[編集 | ソースを編集]

  • 佐藤次郎 男子テニス選手。「1932年全豪選手権シングルス・ベスト4/混合ダブルス準優勝」「1931年・1933年全仏選手権シングルス・ベスト4」「1932年・1933年ウィンブルドン選手権シングルス・ベスト4/1933年、男子ダブルス準優勝(布井良助と組む)」「デビスカップ:シングルス14勝4敗、ダブルス8勝2敗」で活躍するも、1934年4月5日に、デビスカップからの帰途、箱根丸船上からマラッカ海峡へ入水自殺。26歳。

その他のスポーツ選手[編集 | ソースを編集]

日本以外の芸能人[編集 | ソースを編集]

俳優・女優[編集 | ソースを編集]

モデル[編集 | ソースを編集]

  • アナ・カロリナ・レストン ブラジル出身の女性ファッションモデル。13歳でデビューし、数多くのファッション誌などで活動。拒食症による栄養失調で死去。21歳。
  • アンブローズ・オルセン 米国出身の男性ファッションモデル。17歳でデビュー後、多くのファッションブランドの広告・ショーや雑誌に露出。2010年に首吊り自殺。24歳。
  • エリック・ゼントナー 米国出身の男性ファッションモデル。19歳でデビュー後、多くのファッションブランドのショーや広告に登場。2011年にひき逃げに遭って死亡。30歳。
  • キム・ダウル 韓国出身の女性ファッションモデル。2009年に自殺。20歳。
  • キム・ユリ 韓国出身の女性ファッションモデル。2011年に自殺。22歳。
  • スカーレット・ガルシア フィリピンの女性モデル。雑誌への登場などの傍ら音楽活動からも知られた。2008年に惨殺体で発見された。23歳。
  • トム・ニコン フランス出身の男性ファッションモデル。自身が出場する予定となっていたコレクションの開幕直前に飛び降り自殺。22歳。
  • ヘイリー・マリー・コール カナダ出身の女性ファッションモデル。仕事先のイタリアで飛び降り自殺。26歳。
  • ルスラナ・コルシュノワ カザフスタン出身の女性ファッションモデル。15歳でモデルデビューし、アメリカやヨーロッパを中心に活躍するも、2008年に自宅アパートで謎の自殺を遂げた。20歳。

歌手・ミュージシャン[編集 | ソースを編集]

日本以外のスポーツ選手[編集 | ソースを編集]

レーサー[編集 | ソースを編集]

格闘家[編集 | ソースを編集]

野球選手[編集 | ソースを編集]

サッカー選手[編集 | ソースを編集]

陸上競技選手[編集 | ソースを編集]

バスケットボール選手[編集 | ソースを編集]

  • 王屾 中国のバスケットボール選手。2009年7月31日、白血病により19歳で死去。
  • アイディン・ニックハ・バーラミ イランのバスケットボール選手。2007年のアジア選手権優勝及び北京オリンピック出場権獲得に貢献したが、この年、交通事故に巻き込まれ25歳で死去。
  • アレクサンドル・ベロフ ソビエト連邦のバスケットボール選手。1978年10月3日、心臓肉腫により26歳で死去。

バレーボール選手[編集 | ソースを編集]

アメリカンフットボール選手[編集 | ソースを編集]

その他のスポーツ選手[編集 | ソースを編集]

ジャーナリスト・ニュースキャスター・アナウンサー[編集 | ソースを編集]

漫画家[編集 | ソースを編集]

囲碁棋士・将棋棋士・チェスプレーヤー[編集 | ソースを編集]

  • 長谷川広 囲碁棋士。入段や昇段が早く、囲碁界のホープとされたが、2003年、自宅火災による一酸化炭素中毒で死去。21歳。
  • 村山聖 将棋棋士。幼い頃に腎臓ネフローゼを患い、自分は長くは生きられないと悟りながらも「終盤は村山に聞け」と言わしめたほどの天才的な棋力で一流棋士の証であるA級にまで登り詰めた。幼少の頃より目標としてきた名人の位を目前にし、また名人になれる素質がありながら、1998年8月8日膀胱癌のために29歳の短くも太い生涯を閉じた。

世界史の人物[編集 | ソースを編集]

  • 君主の場合、近親婚を繰り返しているせいか夭折する人物も多く、当主の若死によって血統が断絶する事も珍しくはない。
  • 有力者が幼子を傀儡として擁立、幼帝から皇位を禅譲してもらって建国ということが行われるが、皇位を譲った幼帝は用済み、あるいは禍根を断つために殺害される傾向が強い。

西洋史の人物[編集 | ソースを編集]

東洋史(中国を除く)・中近東史の人物[編集 | ソースを編集]

中国史の人物[編集 | ソースを編集]

  • 霍去病 前漢の武帝時代の武将。匈奴征伐に功績を上げるが24歳で病死。
  • 項羽 秦を滅ぼし劉邦と天下を争うが敗死。30歳。
  • 順治帝 清朝の中国征服を確固たるものとした。24歳で天然痘により急死。
  • 後漢の皇帝は初代の光武帝と最後の献帝が50歳を越えられたのみ、2代目の明帝が47歳まで生きた以外は30代までで死亡している。
  • 孫休 呉の孫権の六男。蜀滅亡後の翌年の264年に30歳で没。
  • 孫策 孫堅の長男。孫権の兄。父の戦死後、一時の不遇の時代を経て江東に後の呉の礎となる領土を獲得。200年に26歳で暗殺される(病死とも)。
  • 孫亮 呉の孫権の七男。廃位される。のち、孫休に自害を命じられる。17歳。
  • 孫和 呉の孫権の三男。暴君孫皓の父孫登の死後に皇太子。二宮の変で廃嫡。のちに自害を命じられた。30歳。
  • 亡くなった皇帝や皇族、諸侯には生前の行状に合わせてが送られるが、夭折した人物には「殤」の諡が送られる。また、必ずしもというわけではないが「哀」も夭折した人物に送られることが多い。

日本史の人物[編集 | ソースを編集]

  • 江戸時代、大名家は、前期には君主の暴虐、家臣の争い、あるいは幕府の策謀によって改易されることが多かったが、中期から後期にかけては当主の夭折と後継者がいなかったことによって改易される傾向が増えてくる。そこまではいかなくても養子継承によって家名は保ったが、歴史に名を残した戦国武将の血筋が絶えてしまうということもあった。

飛鳥時代以前の人物[編集 | ソースを編集]

  • 武烈天皇 第25代天皇。残虐な人物であったといわれる。仁賢天皇の第6皇子。506年没。18歳。

飛鳥時代・奈良時代の人物[編集 | ソースを編集]

平安時代前期~後期の人物[編集 | ソースを編集]

平安時代末期・鎌倉時代の人物[編集 | ソースを編集]

  • 安徳天皇 第81代天皇。壇ノ浦の戦いで祖母の二位尼に抱かれ入水。1185年崩御。宝算8歳。
  • 公暁 源頼家の次男で僧侶。1219年に伯父の源実朝を暗殺した罪で即日処刑される。19歳。
  • 九条教実 九条道家の長男。(後)九条家の祖。弟に鎌倉幕府4代将軍・頼経がいる。1235年没。25歳。
  • 九条頼嗣 九条頼経の子。鎌倉幕府の第5代将軍。1256年、赤斑瘡で死去。18歳。
  • 近衛天皇 第76代天皇。鳥羽天皇の第8皇子。1155年に病没。17歳。
  • 近衛基実 関白・藤原忠通の4男。近衛家の祖。1158年に16歳で二条天皇の関白に。1166年、24歳で病没。
  • 後堀河天皇 第86代天皇。守貞親王の第3皇子。1234年没。23歳。
  • 四条天皇 第87代天皇。後堀河天皇の第1皇子。1242年に事故死。12歳。
  • 平敦盛 源平合戦の一ノ谷の戦いに参戦、戦いの最中に熊谷直実に討たれる。17歳。
  • 平清宗 平宗盛の長男。壇ノ浦の戦いに敗れ、父と共に入水するが、泳ぎが達者で死にきれず、源氏方に捕まって六条河原で斬首。15歳。
  • 平重衡 南都焼討を行い、東大寺興福寺を焼失させたことで知られる。源平合戦の後捕らえられ斬首。29歳。
  • 平知章 平知盛の長男。一ノ谷の戦いで敗走中、源氏方の児玉党に追いつかれた折、父を逃がすため敗走の足を止め奮闘し、討ち取られた。16歳。逃げ帰った知盛は、「人の上でだに候はば、いかばかりもどかしう候ふべきに、我が身になり候へば、よう命は惜しい物にて候ひけりと、今こそ思いしられて候へ」(平家物語)と言い、深く後悔したという。
  • 平知忠 平知盛の次男で知章の弟。1185年の平家滅亡時には幼少であったため、伊賀で育った。源頼朝の妹婿・一条能保の殺害を企てるが、察知され、1196年に殺害。17歳。ただし、生年に1172年説があるため、そうであれば享年は21である。
  • 平基盛 平清盛の次男。兄重盛も42歳で早世している。病死とされるが、一説に藤原頼長の怨霊による事故死とも。1162年没。24歳。
  • 平能宗 平宗盛の次男で清宗の弟。1185年、父・兄と共に六条河原で斬首。8歳。
  • 高倉天皇 第80代天皇。後白河天皇の第7皇子。1181年没。21歳。
  • 仲恭天皇 第85代天皇。順徳天皇の第1皇子。1234年没。17歳。
  • 二条天皇 第78代天皇。後白河天皇の第1皇子。1165年没。23歳。
  • 藤原信頼 藤原忠隆の4男(または3男)。藤原通憲と対立し、源義朝と共に平治の乱を起こす。乱に敗れて1160年、六条河原で斬首。27歳。
  • 北条為時(政村流) 北条時村 (政村流)の子。12代執権煕時の父。1286年没。22歳。
  • 北条経時 鎌倉幕府の第4代執権。時氏の長男で、5代執権時頼の兄。1246年没。23歳。
  • 北条時実 鎌倉幕府3代執権泰時の次男。時氏の弟。1227年、家人の高橋次郎に暗殺される。16歳。
  • 北条時輔 時頼の庶長子。8代執権時宗の異母兄。1272年、謀反を疑われ北条義宗に襲撃され死亡(二月騒動)。25歳。生存説あり。
  • 北条時氏 泰時の長男。泰時の期待を受けていたが、父に先立って1230年、28歳で病没。
  • 北条政範 北条時政の4男。兄に義時時房ら。1204年没。16歳。
  • 北条義宗 鎌倉幕府6代執権長時の長男。1272年に北条時輔を追討。1276年に評定衆就任。1277年没。25歳。
  • 源実朝 鎌倉幕府の第3代将軍。前述のとおり、公暁に暗殺される。26歳。
  • 源朝長 源義朝の次男。平治の乱に敗北後、落ち延びる途中に落ち武者狩りから矢傷を受け、その傷が悪化して1160年死亡。17歳。
  • 源義平 源義朝の長男。大蔵合戦で叔父・源義賢を殺害したことにより、「鎌倉悪源太」と呼ばれる。平治の乱で敗北後、落ち延びるが、1160年にとらえられ、六条河原で処刑。20歳。
  • 源頼家 鎌倉幕府の第2代将軍。1204年に北条氏に討たれる。21歳。
  • 六条天皇 第79代天皇。二条天皇の第2皇子。1176年病没。13歳。

南北朝時代・室町時代の人物[編集 | ソースを編集]

戦国時代・安土桃山時代の人物[編集 | ソースを編集]

江戸時代の人物[編集 | ソースを編集]

その他[編集 | ソースを編集]

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